ピアジェの心理学と生物学
ピアジェの心理学と生物学

けあの学校 実務者研修教員講習会

ピアジェは、自身の心理学が生物学に根ざしていることを強調し、「私の心理学は生物学から生まれたものだから、その根本にある生物学的前提を細かく分析しなければ、私の理論を正しく理解することはできない」と述べている(『児童心理学ハンドブック』所収「ピアジェの理論」)。この言葉は、彼が単なる「生物学的心理学者」であるという印象を与えるかもしれないが、実際にはそれ以上に深い意味を含んでいる。

ピアジェにとって、人間は生物学的進化の産物であり、物質的な身体を持って生まれ、特定の感覚運動的メカニズムによって環境と関わる存在である。この点に対する彼の洞察は鋭く、もし人間の感覚運動的メカニズムが現在と異なっていたならば、私たちが構築する「認識の世界」そのものも全く違うものになっていただろうと述べている(『生物学と認識』)。つまり、世界が異なって見えるのは、単に外界の見え方が違うからではなく、私たち自身の行動手段――つまり、認知や行動の構造が根本的に異なっていたからだ、というのである。

こうした認識は、ピアジェが感覚運動的知能の心理学的理解に大きく貢献した成果に由来しており、彼の認識論が感覚運動的経験に基づくべきであるという強い信念と密接に結びついている。新生児の感覚運動的能力は胎児期の運動や反応から発展するものであり、その生物学的な背景は将来的に「反射の発生学」として発達心理学に統合されるべきだと彼は考えている(『新しい児童心理学』)。

またピアジェは、比較心理学にも高い価値を見出している。例えば、子ネコにおける物体の恒常性の発達や、魚の錯視に関する研究すら、自身の理論を解説する際に積極的に引用している。これらの研究が示すのは、動物の認知的適応が人間の発達と同じく生物学的原理の上に成り立っているという事実である。

ここで特に重要なのは、ピアジェが「適応」という生物学的概念を、心理学や認識論の問題と深く結びつけている点だ。つまり、知識の本質やその可能性に関する問題は、決して生物の適応の問題と切り離して考えることはできない。彼にとって、理論生物学は発生的認識論の不可欠な構成要素であると同時に、逆に認識論もまた生物学にとって不可欠である。

そのためピアジェは、多くの生物学者たちが「なぜ知識は現実にうまく適合するのか?」という問いを、進化論的な枠組みに戻して統一的に考えようとしない姿勢を批判している(『生物学と認識』)。彼らの多くは、認識とは現実の受動的な模倣、つまり環境の単なる反映だと考え、新ダーウィン主義と実証主義の立場に留まっている。しかし、ピアジェはこれに異議を唱える。認識とは、入力(インプット)を有機体の能動的な構造によって同化するプロセスであり、それが成立するためには、こうした構造の本質と起源、そしてそれらがいかにして高い適応性を持つ構成を生み出すのかという問題に、真剣に向き合わなければならないというのである。

このような視点は、発生的認識論の核心をなすものだ。ピアジェによれば、子どもの知能が段階的に発達し、それぞれの段階が次の段階に吸収・統合されていくという現象は、発生学が問いかける「個体の形成は前成説(あらかじめ決まっている)か、後成説(後から構築される)か」という問題と本質的に通じている。発生学では、この前成説と後成説という二つの極が、ラマルク主義とダーウィン主義の対立に重ねられており、それらは「後成説的同化」という観点から統合されるべきだとピアジェは主張する。この用語自体は生物学者ウォディントンから借りたものであり、彼の著書『遺伝子の戦略』(1957年)は、ピアジェにとって、自らの生物学的考察を裏づけてくれる存在となった。

ピアジェは、ラマルク主義が認識の進化にも適用されうると考え、次の2点をその核心的アイディアとして挙げている。すなわち、

  1. 器官の行使が発達に果たす役割
  2. こうして獲得された形質が遺伝されるかどうか
    である。

彼はこの両者の精神に共感を示しつつも、ラマルクが「環境の影響」を過大視しすぎ、有機体の能動性を軽視していると批判している。つまり、ラマルク主義では有機体は環境に対して受動的で、そこに自律性が見られない。その結果として、人間の知能のあり方も、また発生学における胚の自己調整能力も、適切に説明されなくなる。

ダーウィン自身は獲得形質の遺伝を信じていたが、それは当時の遺伝学が「器官の情報が生殖腺に伝わる」という仮説をとっていたからである。しかし20世紀初頭、メンデルの法則が再発見され、遺伝子に直接的な環境の影響が及ぶ可能性は否定されるようになった。新ダーウィン学派は、「突然変異+自然選択」こそが進化のメカニズムであるとし、認識の進化もこのモデルで説明しようとする。

しかしピアジェは、こうした説明はあまりにも「ランダム」でありすぎると批判する。認識の発達や構造の形成には、より積極的で構成的な原理が必要だと考えた彼は、早くから「同化」や「調節」といった、環境との能動的な相互作用に焦点を当てていた。

彼はこの理論的立場を実証するため、生物の観察、とくにスイスの湖に生息する淡水軟体動物の貝殻の形態変化を研究した。その結果、環境条件(例:水深)に応じて貝殻の形が適応的に変化し、それが遺伝することを確認したという(『生物学と認識』)。ピアジェは、これを「感覚運動的適応の結果」と考え、それがいかなるかたちかで遺伝子の変化を引き起こしたと主張する。

もちろん、正統的なダーウィン主義者なら、この現象を「たまたま適応的な特性を持っていた個体だけが生き残った結果」と説明するだろう。だがピアジェはそこに、「偶然」に還元できない、構造と適応の能動的な意味を見出そうとしていたのである。